鉄西ものがたり番外編6
中学1年生、13才の時のことだ。
「八月の濡れた砂」という日活映画が封切館にかかった。新聞でそのタイトルを見てから、気になって気になって映画館で実際にフィルムを観てみたくて日を追うごとにガマンできなくなってくる。
トモダチの男子(誰だったか、ここだけぽっかり記憶が抜け落ちている)に話すと「面白そうだな、したら、いっしょに行くか」ということになった。当時、中学生は生徒同士でどこかへ出かけるときは生徒手帳に行き先、時間、内容を記入して担任のセンセイに許可のハンコをもらわなくてはならない。「でもさ、ふたりで、この映画ってなんかちょっとマズクない?」おかしな勘ぐりをされてセンセイに拒否される可能性を心配した。
そして、ハンコをもらいやすい状況を作るために、ワタシたちは、もうひとりを誘う作戦に出た。
ターゲットはカラダのでかい、小太りでぽよよんとした純朴としかいいようのないタカガワ君だ。タカガワ君ならばセンセイも油断するだろう。あのタカガワが、いかがわしい映画など見る訳がない。そう思わせるための姑息な作戦である。
タカガワ君はハナシを持ちかけると二つ返事で「イイヨ、行く行く」と言ってくれる。映画になんかなんの興味もないくせに。優しいからね。
3人で頭をつきあわせて、生徒手帳のもんのすごく書きづらいちっちゃい細い欄に、見に行く映画のタイトル「八月の濡れた砂」とか、上映館の名前と場所か、マチに何時間いる予定とか、一生懸命ボールペンで書き込んでいく。
放課後、いよいよセンセイの許可をもらうときが来た。あくまでもこずるいワタシたちは、タカガワ君を先頭に立てて教卓のヒガシセンセイの前に並ぶ。
センセイはその記載を見た途端に、口をへの字にして「これはちょっと感心できないな」と言う。タカガワ君の肩越しに「センセ、これ、ふつうの映画なんですけど」と軽く抗議する。
「ダメだね、許可はできない。以上」
ワタシたちはまたしてもタカガワ君の大きな背中に隠れるようにして教室の外まで退散する。
作戦失敗。そうだよな、どだいタイトルだけで最初から無理だよな。なんで、わざわざ許可取ってから行こうと考えたんだ。正攻法で行く必要なんかなかったのに。
大学生になってまもなく、夜通しで映画をみるイベントに行った。「八月の濡れた砂」があいだで上映された。
悪い映画ではなかったが13才が見るべき映画ではなかった。若い男女の鬱屈と自虐と歪んだ愛とエロスと。学生運動に挫折した者たちの行き場のないエネルギーが澱んでいた時代のことだ。
ワタシはともかくとして、あのときタカガワ君にこの映画を見せなくて本当にヨカッタ。
大動脈乖離という大病をするまえの若い石川セリの主題歌を歌う声が透明感があって伸びやかだった。もし天使が声を持っていたらこんな音色だっただろう。映画の詳細はほとんど忘れたが、その歌の哀切がいまもときどきどこかに響いてくることがある。
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